2025/06/19 07:56

長野県塩尻市にある「矢沢加工所株式会社」は、廃棄されるはずだった地元の果実に新たな命を吹き込む、小さな加工場。
創業の志を引き継ぎ、経営者・真田秀志さんが取り組むのは、地域農業の再生と持続可能な仕組みづくり。
老舗組合の跡継ぎとしての苦闘と再建の日々、その中で生まれたジュースやジャムの魅力に迫る。



「おばあちゃんたちの志」を次世代につなぐ

矢沢加工所のルーツは、昭和期に塩尻市周辺の農家の主婦たちが立ち上げた「矢沢会」。その想いを受け継ぎ、2004年には「矢沢加工所企業組合」として法人化。さらに2021年、株式会社へと転換された。2019年、現代表の真田秀志さんが引き継いだ背景には、偶然の出会いがあった。当初は農業IoTで地域支援を考えていた真田さんが、市役所の紹介で訪ねた先が矢沢加工所だった。「気づいたら理事長に座らされていました」と語るその始まりは、まさに頼まれごとから始まった再建劇だった。

—— 真田さん:「サラリーマンを早期退職して、農業支援システムを作ってたんです。まさか加工場の経営をやるとは思ってもいませんでした」


無添加ジュースに宿る、本物の味

矢沢加工所の看板商品は、地元塩尻市の特産品であるぶどう「ナイアガラ」や「コンコード」を使用した濃厚なジュース。添加物・香料を一切使わず、果実本来の風味を生かしている。現在は「ナガノパープル」「メルロー」「ピノ・グリ」などの高級品種も加工対象に。加えて、受託加工にも対応しており、農家が持ち込んだ果実をジュースやジャムに仕立てるサービスも提供。味噌製造では、塩尻産の大豆と松本産のお米を使い、毎年10月に食べ頃を迎える自家製仕込み味噌を販売している。

—— 真田さん:「うちは糖度のしっかり乗った状態で収穫したぶどうを、その日のうちに加工します。味に妥協はありません」



原価の見える化と社会保険の整備から

真田さんが経営を引き継いで最初に着手したのは、価格設定と原価計算の徹底だった。「当時は原価が把握されておらず、勘で価格を決めていた」と語る。自らExcelを使って管理会計を整備し、事業の収益性を確保した。また、従業員の社会保険加入も実現。人数や規模からすれば義務ではないが、「雇用の質を上げることが持続可能性に直結する」と判断した。将来的には、ガスを使わない加熱方式への転換も検討中だ。

—— 真田さん:「ガスを多く使う現状からの転換は、時間をかけてでもやりたい課題です」


農家の希望価格で仕入れるジュース用ぶどう

矢沢加工所は、地元の農家が持つ「生活を支える価格で果物を売りたい」という思いに応える。ジュース用のぶどうは、市中価格よりも若干高値で買い取るという。「品質が悪いものは断るが、良いものにはきちんと値をつける」と明言する真田さん。廃棄されがちな果実にも付加価値をつけることで、農家の所得向上とモチベーション維持に貢献している。また、塩尻市内の学校給食への味噌提供など、地域との結びつきも深い。

—— 真田さん:「品質の良いぶどうにはきちんと対価を払う。それが持続可能な農業の第一歩だと思っています」



若手が誇れる職場と、脱・ガス依存の生産体制へ

現在、常勤役員は真田さん1人。現場を支える4名の従業員はすべて女性で、40代〜60代と幅広い世代が活躍している。次世代への事業承継も意識し、環境負荷の低い設備投資も視野に。さらに、ECサイト整備や広報にも力を入れはじめた。経営面では、「キャッシュフローが早い受託加工」と「ブランド力のある自社製品」の両輪で、持続可能な事業体制を目指している。

—— 真田さん:「この会社を誇れる職場にして、次世代につないでいくのが今の目標です」


ジュースはワイン以上に素材が命

矢沢加工所のジュースは、単なる飲み物ではない。素材の良し悪しがそのまま味に出るからこそ、農家との信頼と選果が何より重要になる。無添加・無香料という潔さで勝負しながらも、試飲の際は「振らずに注いでください」という細やかな気配りも忘れない。「一度飲んだら忘れない」と言われる味には、そんな職人魂が宿っている。

—— 真田さん:「この味を一人でも多くの人に知ってもらいたい。その一心でやってきました」



老舗加工場の経営を継いだ一人の技術者が、ゼロから再建し、地元農家と共に歩む道を選んだ。
原価を知ることから始まった再生のストーリーは、今も進化の途中だ。

地域の果実に、もう一度スポットライトを。
矢沢加工所のジュース・ジャム・味噌は、公式サイトや地域マルシェにて購入可能。

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