2025/06/19 08:02
塩尻市で「ちくわファーム」として農業に新規参入した井上さん。元自動車コーティング事業者という異色の経歴を持ちながら、地域と共に未来を描く。SNSを駆使し、“人”と“野菜”を同時に売る新たな農家像を提示する、井上さんのリアルな挑戦の記録。

車業界から一転、農業の世界へ
横浜で自動車コーティング会社を経営していた井上さんが塩尻に移住したのは5年前。もともと農業に強い興味を持ち、畑付きの家を借りたのがきっかけだ。「自分が得意な野菜を見極めたくて、いろいろ育てました」と話す。結果、選んだのは塩尻で前例のなかったミニトマト。販路も指導者もない“ゼロスタート”だったが、独自のセンスと行動力で道を切り開く。
—— 井上さん:「農家って誰でも名乗れる。だからこそ本気でやりたかったんです」
多品種・高品質・覚えられるブランド
「ちくわファーム」の強みは、ズッキーニ、ピーマン、ナスなど多品種でにぎやかな“マルシェ感”を演出する野菜構成と、そのすべてにキャッチーな名前とラベルが貼られている点。特にピーマンは3品種・1,200株を栽培する主力作物だ。「色付きピーマンや“種ナッピー”など、食卓で話題になる野菜を意識しています」と井上さん。ラッピングや配置も徹底し、産直市場でも注目の存在だ。
—— 井上さん:「見た目でもう一度振り向いてもらえる野菜にしたいんです」
地産地消ではなく“地消地産”という哲学
「ちくわファーム」は、エコを美談にしない。農家が地元で売るのは流通がないから——という視点から、「地元の人が求める野菜を地元で作る」ことを大切にしている。「必要とされるから作る。それがサステナブルな形」と井上さん。環境省の実証事業にも参加し、脱炭素社会に向けた農産物流通のあり方も模索している。
—— 井上さん:「農家のエゴじゃなく、食べたい人がいるから作る。それが一番の循環だと思います」
“塩尻ベース”を開拓する拠点づくり
活動拠点は塩尻市宗賀・勝弦エリア。地域の先輩農家に畑を一部譲ってもらうなど、ネットワークづくりにも積極的だ。産直市場「アルプス市場」では「午前中でほぼ完売」と好調で、今後は市内の新施設「つなぐ市場」でも販売を本格化。ローカルに根ざしながら、都市部との接点を作る“ハブ”としての機能も果たしている。
—— 井上さん:「塩尻って何もないと思われがち。でも実はポテンシャルの塊なんです」
SNSと“人”で作る農業の新スタイル
井上さんは「野菜を売りながら、人を売りたい」と語る。インスタでは農業資材メーカーとつながり、新しい種の試験栽培依頼も受け始めている。農家向けインフルエンサーとしての地位を確立しつつあり、「ちくわファーム」というユニークなネーミングと発信力で千人フォロワー達成を目指す。「まずは“塩尻内No.1”をしっかり築き、外に広げていきたい」と構想中。
—— 井上さん:「僕の野菜は“にぎやかさ”と“物語”がセットなんです」
食卓で笑ってもらえたら、それが一番
「食べてくれる人がいるから作る」という井上さんの言葉には、作り手としての覚悟とやさしさが詰まっている。彩り豊かでユーモアある野菜たちを通じて、塩尻の“農の未来”が少しずつ変わっていく様子が伝わってくる。「スーパーで買う1品を、たまには“誰が作ったか分かる野菜”に変えてみてほしい」と話す。
—— 井上さん:「誰かの“待ってる”が、僕のエネルギーになってます」
自動車業界から飛び込み、未経験から始めた農業。「地元に求められる野菜を作る」「人の記憶に残る農家になる」——その目標は、言葉以上に実直で、軽やかだ。
塩尻駅近くの「つなぐ市場」や「アルプス市場」で、ちくわファームの野菜を見かけたら、ぜひ手に取ってみてほしい。君の食卓に“バキュン”と届く一品が、ここにある。